須坂新聞WEBサイト 須坂市米子町の米子瀧山不動寺~真田家直系の血筋、家紋は六文銭
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7月11日(土)
●真珠記念日
1893(明治26)年、三重県鳥羽町の御木本幸吉夫妻がはじめて真珠の養殖に成功しました。養殖場をはじめてから3年目で、半円形ながら5粒の養殖真珠が収穫されました。円形の真珠は1906(明治39)年に完成しました。
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須坂市米子町の米子瀧山不動寺~真田家直系の血筋、家紋は六文銭(2016.01.16)

 10日から放送が始まったNHK大河ドラマ「真田丸」。

 須高地区にも真田家と深い関わりのある場所があります。今回は須坂市米子町の米子瀧山不動寺を紹介します。

 米子瀧山不動寺(竹前郷史住職、竹前敬史副住職)の家系図によると、同寺は真田家直系の血筋に当たる。
 郷史住職の父の故幸雄さん(僧名・恵龍)は愛知県出身で、旧姓が真田。郷史住職の妻見(まゆみ)さんは長野市出身で、旧姓が真田。子の敬史副住職は父方・母方とも真田家直系となる血を受け継いでいる。
 故幸雄さんは真田信繁(幸村)の次男大八の子孫に当たる。大八は仙台藩支藩片倉景綱の養子に入り、第一子辰信から真田姓(仙台真田家)に戻ったという。
 また、見さんは信繁の兄信幸(信之)の孫で、松代藩三代藩主・真田幸道の子孫に当たる。
 家系図には三笠宮崇仁親王妃の旧姓高木家なども見受けられる。
 真田の家紋である六文銭(六連銭)は三途の川を渡る際の舟賃とされ、六文銭を示すことで「死を恐れずに戦う覚悟」を伝えて、敵方に恐怖を与える効果があったという。
 同寺では、幸雄さんの代から家紋を六文銭として、袈裟や紋付などに染め付け、本堂や庫裏の屋根などにも掲げている。敬史副住職は「由緒ある真田家の直系であることに誇りを感じる。須坂にも真田家が深く関わっていることを知っていただき、地域の活性化につなげていきたい」と話している。
 なお、同寺には真田信幸・信繁・幸道の位牌を祭っている。
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